「戦前の教育と戦後の教育」

「戦前の教育と戦後の教育」

1、戦前の教育と戦後の教育について
戦前の教育の大きな特徴は、道徳教育が重視されていたことである。
戦前の道徳教育は、修身科を中心に行われた。
厳密な意味での修身科の設立は、明治12年の教育令からだといわれる。
このときには、必修教科の最下位に置かれていたが、翌年の改正教育令では、最上位に位置づけられた。
それ以後、修身科は、学校教育における最重点教科としての役割を担ってきた。
明治23年に教育勅語が発布されると、修身科は、教育勅語の精神を学校教育において具体化する教科として一層重視されるようになった。
明治24年の「小学校 教則大綱」では、「修身ハ教育ニ関スル勅語ノ趣旨二基キ児童ノ良心ヲ啓培シテ其徳性ヲ涵養シ人道実践ノ方法ヲ授クルヲ以テ要旨トス」と記されている。
そして、我が国が皇国民の練成をめざして家族国家主義や軍国主義を強めていくにしたが って、教育勅語の扱いは絶対化し、修身科がそのための重要な役割を担ったのである。
戦後の教育は、このため、道徳教育をどのように改革するかが、最大の裸題となった。
その方向性には、2つの流れを指摘することができる。
1つは、戦前の道徳教育をすべて否定し、新しい民主社会建設のための道徳教育をつくっていこうとする立場である。
もう1つは、戦前の道徳教育のよい点は継承しつつ、新しい民主社会建設のための道徳教育をつくっていこうとする立場である。
両者には、いずれも教育的見地からの主張がみられたが、道徳教育はこれからの 国家建設の基盤となることから、イデオロギー論もからまって、政治的意味合いで 論じられることが多かった。
そして、特に、後者の立場を、「逆コース・軍国主義の復活」と言って非難し、その教育的意味について論じられることは、極めて少なかった。
そのために、教育の根幹を担うものとしての道徳教育のあり方についての真摯な 議論が顕在化せず、政治的論争に翻弄されてしまう傾向があった。
それが最も強く出たのが「道徳の時間」の特設である。
しかし、この道徳の特設時間は週1時間 道徳教育を授業ですすめるべきであるが、実質、現場の教師は反対の立場をとる、いわゆる日教組の教師は、実践することはなく、「道徳の特設の時間は」形骸化して、その結果、戦後60年の日本の道徳教育は民主社会の建設という、美名の下に 青少年はおろか、その親までもが心が育っていない現状が今、大きな社会問題となっている。

2、戦前の教育
①戦前の教育は、国民にわかり易かった。
ア 教育の目標が明らかにされていた
戦前は、「教育勅語」によって国民にわかり易く「教育の日的」が示されていた。
「国民として」「人としての道」を、家族から友人、社会、国家という広がりの中で具体的に示した。
修身の授業を通して「偉人の生き方」などを示しながら具体的に子供たちに教えた。(二宮尊徳、西郷隆盛、野口英世、上杉鷹山、ナイチンゲール、ジェンナ一、ワシントン、板垣退助、間宮林蔵、渋沢栄一、水戸光圀、など多数)
イ 義務教育が国家政策の基本とされていた
「明治憲法」「教育勅語」が出され、この両者が国家政策の大原則とされた。また、義務教育の
教員を大事にしていた。
・義務教育の教員養成は授業料免除の上、手当が支給された。
・義務教育の正教員免許は、師範学校卒業生のみに出された。
・義務教育の正教員は兵役が免除された。
ウ 国語教育が重視されていた
戦前の時間割では、国語が小学校四年生までの総授業時間の約半数を占めていた。国際的にも傑出していた。
義務教育で「国語重視」であるべき理由は、以下の通り。
・母国語こそ全ての知的活動の基盤である。国語力なくして算数も理解できない。語彙を身につけるのは、小学生が適している。
・国語による読書を通じ、情緒や道徳を学ぶことができる。
・国語こそが民族の生命線である。「言語を一定期間奪われると民族は滅びる。民族としての情緒、道徳、文化伝統の中核に母国語があるからである。」

3、戦後の教育
②戦後の教育は「個性の尊重」を中心とした平等主義によって「道徳崩壊」の現象がすすんだ。
ア 軍国主義の象徴とされた「教育勅語」が放棄された
戦後は、軍国主義の排除という、米国の日本占領政策によって、日本の精神文化を崩壊させた。
その象徴が「教育勅語」であった。具体的米国の指令(昭和20年10月13日のGHQ指令)は以下の通り。
・初等.・中等教育の改革。・教科書の書き換え。
・日本人の道徳観の養成、日本文化の改善。
・「修身」を教えた教学局を廃止。
・国粋主義を鼓舞した全研究所廃止。
・民主主義の信念を植えつける為の教師再教育。
・文部省の権限分化・民主化。
イ 学校から消滅した道徳教育
戦前は、修身の教科書によって、授業がすすめられたが、戦後は、道徳の教科書というものはなく、副読本というものであるが、橋本内閣当時、町村信孝文相が「道徳教育に教科書というものが馴染むのか」というような答弁を国会でしている。
また、教師の中には、道徳教育を真っ向から否定する教師までいる。

4、戦後教育の見直し
③戦後教育の反動からの脱出
戦後の教育は、戦前の軍国主義下における教育を反省し、米国の占領政策とも相まってすすめられてきたが、戦前の教育の反動が戦後の教育だとすれば、戦後の教育の反動が現在の教育であろう。
学力の低下問題、青少年の非行問題行動、不登校問題等、特に、高度に発達した社会の中で、人心は停滞するばかりである。
「国家の品格」の著者である藤原正彦教授は、「国語に道徳を含ませれば、小学校では、一に国語、二に国語、三四がなくて五に算数、あとは十以下なのである。
宝石のような文化を失いつつある日本、荒れ果てた民心、青少年の著しい学力低下、問題行動、といった現状を考える時、小学校の国語の質と量にわたる飛躍的充実は、日本再生のための不可欠な第一歩と思える。」といっている。
戦後の教育の見直しを考える時、一考に値する主張ではないか。

平成18年6月29日

4 件のコメント

    • 戦前の教育と戦後の教育をお読みいただき、また、わざわざコメントまでいただき有難うございました。

      坂本だいすけ

  • 初めまして。大変勉強になり、誠に有難うございました。先生のますますのご活躍とご多幸を心よりお祈りしております。

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