「何事も苦しむことが礎 いしずえ に日々に新たに卒業を機に」  

55期生の卒業式が、あと2週間あまりとなりました。私にとっては、校長として初めて送り出す卒業生であり、その感慨は一入(ひとしお)であります。
いよいよ進路も大詰めを迎えてきました。卒業生にとって、皆それぞれによい進路選択であったことを祈るのみであります。
55期生の卒業を機に、卒業生は勿論、在校生にも私が日々思っていることを語りたいと思います。先日、ある新聞を読んでいたら、とても懐かしい人物の名前が掲載されていました。その人の名前は、三原脩といって往年の西鉄ライオンズ(今の西武ライオンズの前身)の名監督で、鉄腕、稲尾和久・怪童、中西太・豊田泰光・大下弘などを擁し、常勝、ジャイアンツを日本シリーズにおいて、3連敗から絶体絶命のピンチの中で、鉄腕稲尾の怪投で、そこから4連勝をし、日本シリーズを制した時の監督であり、後に、弱小球団であった近鉄バッファローズをはじめて、パリーグでも優勝に導いた監督でもあります。前述の西鉄ライオンズもかつては弱小球団でありました。
その弱小球団を日本一の球団にしたり、パリーグで初優勝をさせたりしました。この三原監督は、選手を意のままに操り、三原マジックなどといってもてはやされ、名将という名をほしいままにした野球の大監督であります。
その三原氏が、怪童と呼ばれた、中西太に「いいか太、お前は怪童と呼ばれ、150 メートルもボールを飛ばす怪力の打者だが、今スランプで打てないのは何かが足りないんだ」と言ってから、次の言葉を中西太につぶやいたという。「何苦礎日々新也(なにくそひびあらたなり)」と。
中西太は、この言葉の意味を解読した。「何ごとも、苦しむことが、礎に、日々そのような気持ちで、努力することによってみちが開ける。」・・・と。
私もそう思う。世の中には、確かに、楽しいことはたくさんある。でも、楽しみばかりを求め、楽しさだけを経験していたら、それは後に、空虚という、虚しさだけが残りはしないか。私は、人生は苦しみ6割楽しさ4割で、丁度よいと思う。勉強だって、苦しみがあるだろう。どうやったら、理解できるか自分なりのチャレンジ、工夫・探求心が必要だろう。そのような努力を面倒だなどといったら、話しにならない。部活動だって、体力をつけたり、上手になるためには、努力・工夫・探求心・チャレンジ・我慢が向上につながるだろう。友人関係をつくるにおいても、自分だけの我を通すだけではだめ、時には相手の立場に立ったり、あるいは、自分を表に出せない子でも、勇気をもって自分をさらけ出すことも必要だ。つまり、友人関係をつくるにも、様々な工夫、勇気・思いやり・チャレンジ精神などが必要になってくる。そして、そのような苦しみ、努力のあとに楽しさ、楽しみがついてくる。
諸君も、学校生活を送る上において、色々な苦しみを体験してきている。その一つ一つの体験が、これから生き抜く人生の礎になっている。だから、逃げてはいけないのだ。その体験は諸君の人生の必ず基礎になるのだから。喜んで、立ち向うぐらいの気概をもとう。
「何苦礎(なにくそ)」。自分という逞しい人間をつくるために、忘れずにいてほしい心構えである。すばらしい人生を築くために、自らを鍛え抜いてほしいと願っている。
卒業おめでとう。
(平成15年度3月)

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