教育つれづれ草「はじめに」

 昭和50年4月4日。この日が私の教員人生の始まりである。川口市立元郷中学校2年生社会科担当臨時的任用者として、日額3千740円で市費の採用であった。元郷中学校は任期僅か3月半という短い期間であったが、番長グループとの出会いはとても印象に残っている。番長が学生上がりの小生を挑発してきた。「おもしろい、プールに行こう」といって平手で何発か喰らわせてプールにぶん投げてやった。その迫力にあっけにとられたのか親近感をもったのか、以後番長以下そのグループの連中は小生に近づいてきた。ある日、授業に行くと、泣いている男子生徒A君が居た。
どうしたと聞くと、番長が俺が殴りましたと正直に答えたので理由を聞くと、泣きながら、S先生が体の具合が悪いのに俺たちに一生懸命に教えてくれている、それなのにAがS先生をせせら笑ったので殴りました。といった。小生はその場でA君と殴った番長を咎めず一緒に泣いた。そして、クラス中が泣きはじめた。この出来事から子どもは本来善であるという性善説を実体験した。何とも乱暴な不埒な教師だったことか。彼らの卒業式に祝電を打つのを気づかなかった。一生の不覚だと今でも思っている。
 その年の8月蕨市立西小学校に県費で臨任として勤務した。字は汚い、性格は大雑把。そんな小生を我慢強くご指導くださり可愛がってくださった堀部巌校長先生(故人)に出会った。翌年本採用となり堀部先生のお陰でそのまま蕨西小学校に7年間勤務した。この7年間は自分を変える道場のようであった。先輩の授業もよく見た。そして、自分でもよく研究授業をやった。卒業式が近づくと、「国旗日の丸は掲げるな」、「国歌は歌うな」戦争を思い出す。という毎年、訳の解らぬ議論を朝の打合わせの時から始める職員がいた。小生はこう主張する職員と徹底的に対抗し抵抗した。議論も負けなかった。日本人を教育してそのけじめの式になぜ、その象徴である国旗や国歌を、掲げ歌ってはいけないのか。悪いのは日本ではない、戦争そのものが悪いのだ。日本は戦後一度たりとも戦争をしていない。アメリカ・ソ連(現ロシア)・イギリス・中国・韓国・北朝鮮等々戦争をしているではないか。日本はとっくに反省していると。また、岩上進先生(当時蕨市立第一中学校校長のちに与野市教育長、初代さいたま市教育長)との出会いで副読本郷土さいたまの編集委員に推薦していただき、お陰で社会科指導の勉強をさせていただいた。今も先生の人生観である、「葉隠」の輪読会で薫陶をいただいている。小生の管理職としての姿勢は先生の多大なる影響を受けている。
 昭和58年の4月念願の中学校に異動することが出来た。川口市立在家中学校である。川口市22番目の新設校であり、着任した先生方は初代校長鈴木昭二先生の下学校づくりに奔走した。その先頭に立った鈴木先生の命がけの学校経営の姿勢に、「人生意気に感じて」取り組んだ。生徒指導、教科指導、道徳教育、部活動等、市内の学校に負けるなと、生徒たちを叱吃激励した。開校2年目の春の学徒総合体育大会で、当時市内中学校野球の雄、幸並中学校を破って初優勝した。監督は小生であった。学校、保護者、教員も盛り上がり、さらなる学校づくりの勢いとなった。鈴木先生からは感状と金一封をいただいた。小学校上がりの小生にとって先輩の先生方の一挙手一投足は小生の教師力を高めてくれた。7年間在職した在家中学校が死ぬほど好きだった。

 平成2年3月31日在家中学校の生徒たちと涙の別れをした。4月からは川口市教育委員会指導課指導主事として勤務することになった。栗原喜一郎先生(元川口市教育委員会教育長)には教育行政とは、生徒指導とは、指導主事とは、何たるかを一から教わり勉強させていただいた。相上興信先生(前川口市教育委員会教育長)には広い視野に立って。とご指導を受けた。このあと、神山則幸先生(現川口市教育委員会教育長)には、上青木中学校教頭の時、そして、今日退職に至るまで悉くお導きをいただいた。このほかにも、小生が、無事教育公務員としてのお役目を果たさせていただけたのも、ありがたい多くの先輩方のご指導のお陰であると心の底から思っている。小生の人生の節目節目には、必ず佳き先輩にお導きいただいた。また、保護者、地域の皆様には直情径行、猪突猛進、言い始めたらきかないという頑固な性格を温かく応援いただいた。そして、川口市教育委員会勤務の時は川口市役所の多くの職員の皆様と仲良く仕事をさせていただきお世話になった。茲に、皆様方からいただいたご芳情に深甚なる感謝を申し上げる。ありがとうございました。
 この度小生の退官記念として、小生が川口市立青木中学校、川口市立南中学校の校長の時の学校便りを中心にその時々の生徒の様子、世の中の様子、そして、その時の小生の心の様子を書きためたものを本としてまとめてみた。拙著であることは言うまでもない。

1 個のコメント

  • ただただ笑ってしまいます。
    尊敬している大ちゃんの人生観は素晴らしく充実しています。
    元郷中学校の出来事は大ちゃんらしいです。
    私も同じことをします?
    定年退職した翌年川口市立南中学校に出向いた時、在校生に「坂本校長先生はどんな人ですか?」と聞きました
    全員がとても素晴らしい校長先生だと言いました。
    私は自分が褒められているように感じ嬉しかったです。
    今、大ちゃんは大きな志を抱いて挑戦しようとしています。
    志が叶うこと信じています。  フレ~フレ~大ちゃん

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