「震災の 復興めざし 出来ること  節度節電 皆でするのみ」

 ぐらっ、ぐらっ、ぐらぐら、ぐらー、ぐらー、みしっ、みしみし。これは大きい。大変だ。建物が壊れるな。遂に来たか。冷静さを装いつつ、直ぐに屋外へ出て携帯電話から学校へ連絡を取った。生徒は机の下へ、落ち着いたら外へ避難させて。咄嗟に職員に伝えた。3月11 日午後2時46分。私は、川口市役所近くの施設へ出張し会議をしていた。会議は即中止。不安の中で、徒歩で南中へ向かった。途中で、すでに下校していた3年生に出会った。自転車で慌てて家に帰る子。不安そうに家路に急ぐ子。下校途中の子もいた。それぞれに声をかけた。大きな被害が必ずあると思いながらさらに歩を進める。電話はすでに繋がらない。発生から15分は経過した頃だろうか。正に正対して歩けない。ふらふらふらふら。思わずしゃがみ込む。電信柱が飴のように右に、そして、左にと揺れている。尋常ではない。近くに舟戸幼稚園の園児と保護者が、道路に伏せている。このままでは危険だから、幼稚園に戻ってと、避難をすすめた。南中に着いた。みんな無事か。すでに職員の誘導で1・2年生はサンフラワーグラウンドへ避難を完了していた。職員も慌てている。拡声器も持たずにいた。朝礼台に登って、余震があるからしばらくここで待機を指示し、校長室のテレビをつけた。震源地宮城県沖でマグニチュード9.0(後に訂正)の地震、津波も来ているとの情報だった。甚大な被害が次々に伝えられた。東日本大震災は千年に一度という大地震であった。家はなくなり、家族も失い、絶望のどん底にいる方々がいる。被災地では懸命の復旧作業が続いている。そして、福島原発では、命がけで安全のための作業が行われている。校舎を失ってしまった学校もある。先生方が一軒一軒家庭へ訪問して卒業証書を渡した学校もある。教科書、学校の道具をすべて失ってしまった中学生もいる。
 とんでもない事態がこの日本で起きた。犠牲になられた皆様には、謹んで哀悼の意を表すると共に、被害に遭われた方々に心からお見舞いを申し上げたい。そんな中で平成23 年度がスタートした。新2、3年生の諸君進級おめでとう。新入生の皆さん入学おめでとう。保護者の皆様おめでとうございます。入学式も始業式も無事に終わった。
 さあ、平成23年度のスタートだ。我が国は大正12年に関東大震災を経験した。そして、昭和20 年に第2次世界大戦の敗戦を経験し、その中には、広島・長崎の原爆投下の未曾有の経験がある。その後、阪神・淡路大震災をはじめとする大震災にあったが、悉く、見事に復興を遂げている。被災地では、未だ見つからない行方不明者1万5千人余、まだまだ増えることが予想される。懸命な捜索活動が続けられてから3日間で、行方不明者の遺体を収容したが79名と少なかったそうだ。海に流されてしまっているのだろうか。きっと一家もろとも行方不明となり、捜索願すら出されていない犠牲者も多数いるのではないか。可哀想でたまらない。被災地の子供たちは、不自由な避難所暮らしをし、教科書や学用品を失うなど、そんな中で歯を食いしばり頑張っている。被害が殆どなかった私たちも、ガソリンが不足したり、スーパーへ行っても食べるものや水などが不足していたりする。そして、計画停電もある。給食も、飲み物とパンやご飯だけで、おかずはしばらくつかない。不自由や制約が続く。
 諸君。我慢しよう。今、日本中が被災地の方々を応援している。被災地の方々と共にがんばろう。どうか、保護者の皆様。これから、まだまだ、不自由、制約が続きますが、職員一同、子供たちと共に頑張って参りますので、何卒、ご理解とご協力をお願いいたします。がんばろう日本。がんばろう南中。
(平成23年度4月)

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