「新たなる校歌策定について」

 3年生65期生の修学旅行(京都・奈良)が、6月8日〜10日の2泊3日で行われました。3日間ともに全員元気で行ってまいりました。宿の方々がびっくりされていたのは、子どもたちの食欲でした。総勢約200人で、米2千㎏、2トンのご飯を炊いたということです。それを、平らげたということです。「グレース嵯峨」という旅館ですが、南中は旅館始まって以来の食欲のある学校だったそうです。私も唖然といたしましたが、旅館の方々も喜んでおられ私も安心していました。これだけ食欲があれば、大丈夫だと。大変頼もしい65期生です。これからが楽しみです。
 さて、南中学校の校歌は、昭和24年に南中学校第2代校長髙井鉦三先生が舟戸が原で学ぶ子どもたちの為に、戦後の復興と将来を願って「光の少年」を南中学校の校歌として作詞をされました。翌、昭和25年に舟戸小学校が開校し、初代校長として髙井先生が兼務され舟戸小学校の校歌も「光の少年」を校歌として制定しました。そして、昭和26年には舟戸幼児園が地域の尽力により設立され、翌、昭和27年に私立舟戸幼稚園の初代園長としてこの髙井先生が兼務し就任されました。その時から、髙井先生の意をもって幼・小・中学校の一貫教育を理想とする舟戸学園の教育を行うようになったのです。爾来、60 数年舟戸幼稚園・舟戸小学校・南中学校を総称して内外で舟戸学園と呼ぶようになりました。その間、その時代、時代での変遷はあったものの、幼・小・中一貫教育が舟戸学園の幼・小・中連携教育として代々伝統を受け継ぎ、今も進められています。
 しかし、南中学校の昨今の状況が大分変化してきています。ご承知のとおり自由学区制となり、学区外出身の生徒は全校生徒の約30%〜35%であり、学区の本町小学校出身の生徒は約40%〜45%、同じく学区の舟戸小学校出身生徒は、20%〜25%という現状があります。以上の状況から従来行ってきた舟戸幼稚園・舟戸小学校・南中学校での連携教育では収まらなくなってきました。教育課程は勿論のこと、不登校、そして、非行問題行動、また、家庭の教育力の問題など課題は多岐にわたっています。これからは、南中学校区としての南中学校の教育活動の対応がさらに求められることになります。
 以上のような現状を踏まえ、このたび、舟戸学園での教育活動の伝統は引き継ぎつつも、南中学校の教育活動の独自性や生徒の一体感を高め、さらなる南中学校の将来を築き上げることを願って、本校65周年を機に新たなる校歌を策定することにいたしました。因みに、舟戸幼稚園でも、種々の状況により昭和46年に舟戸幼稚園歌を制定しています。
 従来の伝統ある校歌「光の少年」は上記のような理由から舟戸学園歌として今まで通り儀式等でも歌い継いでいくように指導してまいります。南中OBの皆様には何でという思いをお持ちの方もいらっしゃると思いますが、南中学校がある限り歌い継いでまいります。また、今回の校歌策定につきましては、本校の種々の状況を勘案し、本校の教育活動の一環として策定するものでございますので、何卒、ご理解賜りますようお願い申し上げます。 なお、新しい校歌は、南中学校校歌策定委員会を設置し、そこでご検討いただきました。作詞者は舟戸が原や南中学校の歴史的変遷を熟知しておられる、永瀬洋治川口市名誉市民にお願いし、作曲は私の先輩である永井英一氏にお願いしました。本年11月18日には、ささやかながら65周年の式典を開催しご披露申し上げたいと考えております。
 南中学校の生徒は、全体としては学力・体力に秀でてきました。あとは心をどう育てるかです。舟戸幼稚園・舟戸小学校・本町小学校の先生方と大いに本校の先生方が連携し、南中学校の子どもたちを育てていきたいと思います。将来が楽しみです。
(平成23年度7月)

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