「広大な豪州の地に多民族   明るく拡 く我が子等が征く」

 幾重にも、幾重にも、入り江が陸地に入りくんでいる。そんな中に小高い丘があったり、日本では見られないきめ細かい砂のビーチがあったり、ヨット、ボートがゆったりと停泊している。さらに、その湾の周りには高いビルディングが建ち並んでいる。そこは、海の青さと、入り江の緑、そして、高いビル群がバランスよく、昼の美しさをもたらし、夜は夜でビル群の明かりがまた絡別な美しさを醸し出している。ここは、オーストラリアのシドニー。私が初めて見た光景であり、生涯忘れられない景色となるであろう。
 8月1日〜10日川口市中学生海外派遣団の団長として、市内在住の中学生20名を引率してオーストラリア、パラマッタにあるノースミードハイスクールに語学学習に行って来た。20名の中から本校の2年生岸本真由子さん、斉藤葵さん、濱田侑子さんが参加した。パラマッタはシドニーから約30㎞のところにあり、人口約16万人の郊外の都市といったところである。中でもパラマッタ川は印象的で幅約20メートル両側は緑に囲まれ川はのんびりと流れ、その景観は人を落ち着つかせ、ゆったりとした気持ちにさせてくれる。そんなパラマッタの地でホストファミリーが川口市の子どもたちを迎えていただき、それぞれの家庭へと向かった。インド・スリランカ・イングランド・ギリシャ・ポーランド・ロシア・フランス・イタリア・レバノン・中国・韓国・等々ノースミードハイスクールの生徒の出身国は多岐にわたっており、まさにオーストラリアは他民族国家である。様子をみていると、ノースミードハイスクールの生徒たちは何の違和感もなく仲良く学校生活を送っていた。そのことが、日本人の私にとっては、違和感と同時に不思議な思いもしたが、これが人類の平和、和解の姿とするならばすばらしいなとも内心感じていた。
 オーストラリアは1778年に到着したイギリス人が植民地にした。先住民のアボリジニはそれにより衰退していった。白豪主義といって、白人優先主義を貫き、非白人排除政策を1972年の撤廃まで続けていた。それ以後、有色人種、アジア系等々の人種を受け入れ、今では、約200以上の民族からなる多民族国家となっているのである。人種差別政策を撤廃してから約40年オーストラリア社会は、白色人種、有色人種との融合が図られてきている。また、日本とは積極的、友好的な経済交流が行われている。ただ、シーシェバードのような違法行為を公然と行っている団体に対してオーストラリアの政党が与野党問わず支持していることが、食文化の違いを感じさせる。日本人としては、あの可愛らしいカンガルーの肉を食することに、違和感があるのだが。
 さて、ノースミードハイスクールの子どもたちの様子は前述したように、多民族の子どもたちがまさに、融合している。何のためらいもなくイングリッシュを話し、皆、平等の視点で振る舞い談笑している。時には笑顔を浮かべ、時には抱き合い挨拶をする。その行為には分け隔てがなく、差別という人間の永遠の課題のようなものが、払拭されているように感じられた。川口の子どもたちはどう感じただろうか。語学の学習は勿論であるがこのオーストラリアの地で貴重な体験をしたであろう。そして、お別れのディナークルーズ。ホストファミリーの家族、子どもたちとの別れ、船を下りバスに向かう途中、「行かないで」「別れがつらい」「このままオーストラリアにいて」、あちこちで抱き合い、号泣して別れを惜しんでいる。それは、拡い、そして深い人間の情愛というものを感じた。私にもマーガレットが泣きながら抱きついてきた。「ありがとうございました」と。世界が明るい未来へと進みますように。さあ、2学期。広い視野に立って謙虚に学んでいこう。
(平成23年度9月)

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